2010年01月24日

11位 サイレンススズカ

その日、パドックを見て、ものすごく嫌な気配がした。
彼自身の調子は絶好調のようだった。
馬体のハリ、気分のノリともに充実し、まさに絶頂期にある馬の放つ輝きに満ちていた。
生涯を通して、彼には悪い雰囲気は似合わなかった。
しかし、その時だけは、これから何か悪いことが起きる、そんな薄い膜のようなものが
彼にまとわりついているように見えた。

いつものようにマイペースで飛ばしていった
彼を待ち受けていたのは魔の3コーナーでの骨折。
もがく姿が映し出され、誰もが声を失った瞬間。

彼のスピードは新馬の時から抜けていた。
しかし、2戦目で選んだ弥生賞で、スタート前にゲートをくぐり、
落ち着く間もなく仕切り直し、レースは開始される。
残念ながら、皐月賞の切符はとれなかったが、
次のダービートライアルで出走権を手にすることができた。
将来を見据えてであろうが、まだ、周囲の関係者が抑えた競馬を覚えさせようとしていた時期である。

馬の気分のまま逃げればなぁ・・・と思っていた。
案の定、ダービーではそういった逃げ、という選択はされなかった。
終始折り合わず。

その後、能力をもてあまし気味だった、この天才馬は、天才騎手によって、
その才能を全開することを許された。

エアグルーヴを宝塚記念で破り、
その後、JCを優勝し、次の年に日本調教馬としては
最高位の凱旋門賞2着という結果を残すエルコンドルパサーを、
毎日王冠で突き放し、
これからというところだったのだ。

えてして、こういう状態においては、悲劇は生まれやすい。
記憶に残りやすいといったほうが、関係者に対してフェアか。

どこまでそのスピードが通用したのかは、
残念ながら、もう誰にも分からない。

posted by アホキング at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 11位〜20位 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
<ブログの説明> このサイトでは、今となってはだいぶ昔のことですが、 JRAが発表した 『20世紀の名馬100』 にインスピレーションを受けた筆者が、 私の考える20世紀の名馬100+αを発表していきます。 なお、独断と偏見による意見が多数含まれてしまうはずなので、 適切でない表現があった場合にもご容赦ください。 なお、年齢表記は現在の表記にあわせて表記してあります。 そして、このブログの文章の著作権は、全て私、長田 静にあります。